ここ(イザ!)では、多くの人が「健全」発言に問題はないと思っているようだ。あの発言に問題があるのなら、子供二人を望むのが不健全なのか、などといった意見も出ている。
私の見方はこうだ。
私は、あの発言は不適切だと思う。
勿論、子供二人を望むのが不健全だと思っているわけではない。また、じゃあ子供二人でないなら不健全なのか、と言っているわけでもない(この結論は、「健全」発言から論理的に導けない)。
「健全」という言葉を使用すること自体に問題がある、と考えているのだ。
「健全」と言った場合、その言葉には、「良い」「正しい」というニュアンスが感じられる。そこが問題だ。
厚生労働省の方針にマッチしているかどうかを述べるのには、なんら問題ない。しかし、良し悪しを押し付けようとするならば話は別だ。「健全」発言は、まさにそれをやっている。自分の主観、価値観を押し付ける傲岸不遜なメンタリティがそこには感じられる。
似非ホワイトカラーエグゼンプションの推進にせよ「機械」発言にせよ、そして今回の「健全」発言にせよ、共通した人間性の問題が感じられるのだ。
「健全」発言だけならば、まあ私は気に入らないがしょうがないやつだくらいで収まるだろう。だが、これまでの言動と合わせると、問題のある人物であると見なさざるを得ない。

